2025年3月25日火曜日

心臓のストレステスト

3月の日本での発表会が終わり、帰国後の時差ボケも2週間が過ぎてやっと抜けたような気がします。 やはり2週間は掛かるんだな〜。

その間、地元でのドクターアポで、トレッドミルで運動をして心臓にどれだけ負荷が掛かっているかを調べるテストがありました。
午後2時半のアポだったのですが、テストの24時間前からカフェインを取ってはいけない、という指示が出ていて、その日の朝はど〜〜〜んより。 コーヒーを飲まないでいると午前中はボヨヨ〜〜〜ンとしているだけですが、午後になると片頭痛がで始めるのです。

ドクターオフィスに運転して向かう時から既に頭痛が始まっていました。 リスケジュールするには遅すぎるし、ドタキャンだと170ドルの罰金って書いてあったし。。。。 とにかく、頑張って行くしかない、って思っていました。

2時半になると待合室とは別の部屋に通されて、私以外にも2人の女性が入ってきました。 
3人の患者さんが揃ったところで、いよいよテストのスタートです。 すぐに運動させられるのかと思いきや、まずは注射のようで注射ではない、点滴の針を腕に刺されて何かケミカルが注入されました。 そして直ぐにMRIの様な大きなマシーンの中に入って、心臓のあたりを撮影しているようでした。造影剤だね、きっと注入されたのは。

撮影が終わった後、また別の部屋で待機するように言われた私は、1人、ポツンと座っていました。 ところが急に気分が悪くなって・・・。 
これはマズイぞ、中止にしないと吐いちゃいそうだ。 そう思ったので、直ぐにスタッフの女性に伝えました。 すると中止どころか、すぐに次の行程をスタートして、できる限り早くテストを終了できるようにするから、と言われトレッドミルのある部屋に通されたのです。
ですが、気分は最悪、トレッドミルの上で走ったり歩いたりできる状態ではありません。 すると看護師さん、トレッドミルがダメな場合は違う方法があるから! と言いながら、私の胸に10本くらい、電源を装着しました。で、この検査が終わり次第、すぐにコーヒーを持ってきてあげるから、と私を叱咤激励するのです。

そう、コーヒーを飲んでいないが為にその禁断症状で頭が痛い。 そう私は訴えていたので、カフェインの禁断症状が出ていると思われたのです。 ですが、それだけじゃない。 それ以外にあの注入された造影剤、あれのお陰で吐き気が。。。。。

って思っている矢先に、先ほど腕に刺された点滴の注入口から再び造影剤を追加されたのです。 注射器2本分。

するって〜と、その点滴が全部身体に入るや否や、一気に血の気が引いて、頭部がガクガクと痙攣し始めて。。。。。

吐きそう〜〜〜と訴える私。

すぐにゴミ箱を抱えさせられた私はそこに胃液を吐き出しました。 胃の中空っぽだ・・・。

そこにスタッフさんがコーヒーとチョコレートを持ってきました。 さ〜、このチョコレートを食べて! 今すぐ! と包み紙を剥がして私に差し出すのです。 
まだゴミ箱を抱えて吐いてる私にです。 

無理、無理、チョコレートなんて、今食べれない! なんとか言葉にして訴える。 

コーヒーだけは飲んでましたけど。

頭は痛いし、吐き気は凄いし、もう最悪。 こんな最悪な検査、もう一度やり直さなくてはならないんだろうなって思ったのですが、テストは無事終了したって言うのです。 本当か!!!

このテストの結果を聞くためのドクターアポが4月にあります。 どんな結果になってるのか?

2025年3月9日日曜日

Pianoの発表会の為に日本へ

2025年3月、本当だったら3月17日に母が100歳の誕生日を迎えるはずでした。 2024年の3月に兄嫁と一緒に老人ホームを訪問。 3人でケーキを食べました。 来年は親戚を呼んで100歳の誕生日を祝おうね! と母と約束しました。

残念ながらその約束は実現できず、母は99歳の誕生日を迎えた3ヶ月後に天国に召されました。 

100歳の誕生日を祝うために絶対に日本に帰国します、と断言していたので、URAHAKU(私のピアノの先生が属する会社)の社長さんは、わざわざ3月にピアノの発表会のホールを予約してくださったのです。

ときは流れて、2025年3月。 

母を訪問する事のなくなった一時帰国は結構時間があるのです。 今までだと2週間の滞在中、最低でも3回は母に会いに行ってましたから。 今回はレンタカーを借りて一日は伊勢原へお墓参りしました。 父と母2人が墓石の下に眠っているのかと思うと、今までとちょっと気分が違います。 お線香に火をつけ、雪が残る伊勢原を後に、思い出深いお蕎麦屋さんでランチをして帰りました。 

歯医者さんでチェックアップ、お墓参り、この2つはいつもの一時帰国のルーティンです。 それらが終わると、結構時間があるな〜。
ですが、コロナに罹ったり、ノロウィルスにやられたり・・・・・。 一時帰国で辛い目にあった経験から、2週間の滞在期間をびっしり予定を入れる事にかなり抵抗があるのです。 びっしりにはしない。 体調が良ければ、その場でスケジュールを埋める、というスタンスで臨みました。 案の定、2週間のうち最後の2日間は疲労困憊状態で、友達と会うのもちょっと躊躇する程に疲れていました。 これってもしかしたらコロナの初期症状かな? って思った程でした。 そう、コロナ陽性が出るのは疲労困憊状態から3〜4日経ってから、と言う経験をしましたから。 身体中が硬直して、節々が痛くなり、呼吸が浅くなって熱はないけれどもう動きたくない・・・。 こういう状態は赤信号。

幸い、ただの疲労だったようです。 サントリーホール、ブルーローズでの演奏会はものすご〜〜〜い緊張感を味わいます。 脳も身体も全部です。 今回、まだビデオを見ていないので、どういう結果だったのかわからないのですが、前回よりは良かったかな〜。
弾き始めは良し! いける、良い感じ。 と思ったのですが、だんだん緊張感が増してきて、途中、いつも絶対に間違えないところで、指がもつれたり・・・・・。

終了後は先生方と写真撮影したりした後、懇親会へ向かいました。 後から参加した先生と奥様である社長も参加してくださって、会は大盛り上がり。 先生のお隣に座った私は、股関節が痛いので5月に手術する事になりましたって先生に報告。 すると、先生が物凄くびっくりした顔をしたのです。 「右の足についてアドバイスシートに書こうと思ったところです!」 と。 つまり、先生は私の演奏姿を見ただけで、右足が何かおかしいって分かった、って言うことです。 股関節が右の足首、右の肩甲骨、右の肋骨、全て繋がっていて、それが上手く使えていない事を先生は指摘しようと思った、と言うのです。 

5月8日の手術の後、私の身体がどう変わって、どうピアノ演奏が変わるのか、楽しみです。