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2025年7月22日火曜日

洋裁 と 母

母は1925年生まれ。 終戦の時に二十歳でした。 凄い時代に生まれ育った母ですが、終戦後母は紳士服のお店で働いていたそうです。
もっとその時の話を聞いておくべきでした・・・・・。
母は親から大学に進学する事を薦められていたそうですが、それが嫌で洋裁の道を選んだようです。 

紳士服作りを学んだ母は本当に洋裁のプロでした。 私が生まれる前には父のビジネススーツ、幼い兄にはボタンダウンのシャツやらショートパンツやら、作っていた様です。

ですが、約7歳はなれて私が生まれると、母の洋裁への情熱は全て私に集中しました。 覚えている限り、父の服や兄の服を作っている母を見たことがありませんでしたから。

幼稚園生だった頃に母が作ってくれたワンピースやスカート、今でも覚えています。 年に一度のピアノの発表会でも母は気合を入れて舞台衣装を作ってくれましたっけ。 
母の着せ替え人形だったのです。 スパンコールを縫い付けたワンピース、フリフリのついたスカート、母にとって私の服作りは生き甲斐そのものだったと思います。 
装苑とかドレスメーカーという洋裁の月刊誌を良く母は買っていました。 そこには子供服の写真とその製図方法が載っていました。 その月刊誌を見て次はどれ? って決めてました。 つまり製図から母はやっていたって事です。

小学校3年生の時に世田谷から相模原に引っ越しました。 で、家の近くに東京のデパートに下ろしたりする子供服を縫っている小さな縫製所があって、母はそこでミシンのパートをする事になります。 9時から5時まで。 歩いて5分もかからない所だったので、お昼休みは家に戻ってランチを食べ、また仕事場へ。 
小学生だった私はランドセルを背負ったまま、家ではなく母のいる縫製所に帰る事もしょっちゅうでした。 母が糸を切ることなく次から次へとミシンをかけるので、私は母のミシンの隣に座り、糸きりバサミを握り糸切りを手伝い、午後5時になるのを待ちました。

その縫製所、おじいちゃんとおばあちゃん、それに若夫婦が経営していたのですが、その若夫婦には男の子が2人で女の子がいなかったのです。 で、縫製所のお婆ちゃんがたいそう私を可愛がってくれて、ただいま〜って帰ると、家の中まで招いておやつをくれました。
3年生、4年生の頃です。 時々、サンプルの服を「朋子ちゃん、お願い、これ、着てみてくれる〜!」 とお婆ちゃんにせがまれ、モデルをする事もありました。 

若社長さんは反物から布を裁断するのですが、それをちょっとずつ、ちょっとずつ型紙をつめて裁断すると予定数の服より、1着、2着、多く仕上がったりする事が良くありました。 すると、お婆ちゃんは内緒ねって言って私の母にそれをくださったのです。 

そうでなくても残った生地やらボタンやらを貰えるのが母にはとても魅力的だったと思うのですが、デパートで買ったら、かなりのお値段になるはずの子供服を随分いっぱい頂いてました。

と、言うことで母は9時から5時まで7時間ミシンを踏んでいたわけですが、家に帰って夕食が終わってからは、自分のお楽しみ、洋裁の時間をずっと続けていました。

次に何を作ってもらうかを決める私には、アイディアが浮かばない事も度々で、大学生の頃に、スイングトップというジャケット(ジャンパー)を縫ってもらったのですが、それがとてもカッコよくて、次は何? って言われて、じゃ、同じ形で違う色! とお願いしたのです。 結局、スイングトップは赤、青、薄緑、そしてフェイクレザー、と4着も出来ちゃいました。

同じ型紙で同じ物を作りたくなる気持ち、今の私には良くわかります。

パートで7時間もミシンを踏んでいるにも関わらず、家に帰っても、洋裁をし続けた母がどれだけ洋裁が好きだったかが分かります。

私が家を出てからは兄の運営する幼児教室の教材を布で作ったり、幼稚園ができてからは幼稚園生の卒業式用のマントを縫ったりしてました。 

父が亡くなってからは相模原市の布おもちゃのサークルに参加して布のおもちゃやら人形やらを作って子供達を遊ばせていました。 市から表彰されたりしてましたよ。

晩年、母が年老いてから、「貴方を育てている時が一番楽しかったわ〜。」 と呟いた事がありました。 

4人の姉妹の中で一番器量が悪いと自分の祖母から言われ続けて劣等感の塊みたいな青春を送った母でしたが、思い通りの服を次から次へと作って私に着せた母の子育て時代はそういう意味では楽しかったのかなって思います。 

私が20代でもの凄く太ってしまってから、母はそれをもの凄く嫌がりました。 そりゃそうです、自分の服を着てくれるモデルが太ってしまってはダメなんです。 スッキリカッコよく着てくれないと。

洋裁の楽しさが今また芽生えてきた私ですが、シャツがやっとできる位の腕。 ファスナーの付け方なんて忘れてるし・・・・。
母の足元にも及びません。もっと教えてもらっておけば良かった。

今は自分のシャツとジムのシャツ作りを楽しんでます。 布選びもオンラインでできるし、すっごく楽しい!















2025年7月18日金曜日

洋裁 熱

ソーイングがしたい! っという切なる欲求が湧き上がってきて今夢中になっています。

オンラインでパターンをPDFでダウンロードしてそれを自分の家のプリンターでプリントします。 上手くできているもので、レターサイズで印刷してそのまま紙のエッジを切る事なく、ラインにそってテープで繋いでいくと実物大の型紙になります。 全部で25ページ程になってしまいますが・・・・。
よく出来ているなって思うのは1つの型紙を購入するとあらゆサイズのラインが色違いで一つの画面に出てきます。 これだと自分のサイズのラインを辿ってカットするのは容易ではありません。 アクロバットリーダーのレイヤー機能を活用して、自分以外のサイズのラインを見えなくするのです。 つまり自分以外のサイズのラインを非表示にする。 すると、自分のラインだけになって印刷、カットが簡単にできるのです。

だけど、私のiPadでこのレイヤー機能を使おうとしたらダメでした。 アクロバットリーダー、iPad上ではレイヤー機能が使えないのだそうです。 それが分かるまで結構時間を費やしてしまいました。
今はパターンをプリントする時はジムのラップトップを使わせてもらい、プリントしてます。

先ず最初にコットンとリネン混紡の生地で私のシャツを作りました。 色々パターンを検索して、アロハシャツタイプを探しましたが、どれも好みのタイプではなく、最終的に辿り着いたのがラグラン袖のシャツの型紙でした。
これを購入して、ダウンロード、カット、そして一度洗濯した生地を裁断しました。ラグランスリーブってカッコいいのだけど、襟つけが結構難しいです。

何十年ぶりの洋裁。 大学を卒業した私は就職せずに昼間アルバイトして夜、文化服装学院に行きました。 あの時の若かった自分がなんだ懐かしい・・・・・。 
とにかくカッカカッカとエネルギーがありました。 昼間8時間バイトをして、夜は洋裁学校。 で、その洋裁学校が楽しかった〜〜。
楽し過ぎて、楽し過ぎて、夜寝る時間も惜しんで、絵を描いたり宿題をしたり、なんかこう〜学芸大での学生生活の鬱憤を晴らすかのように、洋裁学校のプロジェクトに没頭してました。 私の道はこれだ〜〜〜! とばかりに。

あまりにも没頭し過ぎて、1週間で20時間くらいしか寝てなかったんじゃないかな? 

その結果、なんと、私、身体を壊しました。 自律神経失調症です。 電車に乗るのも辛い。 立っているのも辛い。 医者に行ってもどこも悪くないって言われるし・・・・・。 そんなはずがないのに。 生きた心地がしませんでした。 足が地面についてない感じ。

そんなふらふらな状態が数ヶ月続き、で、ヒョンな調子に体調が戻ったのです。 何が引き金だったのか? とにかく普通に戻った。
もう2度とあのフラフラ状態にはなりたくないってそう、強く思いました。 今思えば、昼と夜が逆転したような生活でしたし、タバコも吸ってたし、寝てなかったし・・・・。 自分の体力を過信して身体が悲鳴を上げたのです。  23〜4歳の頃、自分の体力の限界を知りました。

文化では木綿のワンピース、シャツブラース、そしてスーツの縫い方を学びました。 製図の仕方も習いましたが、全部忘れました。

今何が作れるかって言われたら、シャツくらいです。

で、40年ぶりに洋裁がしたくなったのです。
これまで勢いで自分のシャツを3つ、ジムのシャツを1つ完成させました。
久しぶりのミシンだったので、色々問題に遭遇。 針や糸の太さだったり、糸調子だったり、ジグザグミシンの調子だったり・・・・。
感を取り戻すのに、しばらくかかってしまいました。

第一作目、これは日本製の生地でコットンとリネンの混紡。 すったもんだの末にやっとできた! だけどこれ、出来上がりがピシッとしてて形が綺麗。

選んだ型紙の大きさがちょっとだけ小さいような気がするのです。 ピッタリしてカッコいいのだけど、アームホールがちょっとだけ小さい気がして・・・・。
二作目は1つサイズを上げました。

生地はオンラインで見つけたコットンポプリン。 この生地は薄手でシャツにはベストかなって思ったのだけど、シャキシャキし過ぎ。
なんだか身体に馴染みません。

2つ作っちゃいました。 3つ同じ形のシャツですが、3回やっても襟のところ、見返しが上手くいかなくて、まだ満足していません。

こちらのモンキー柄を裁断し始めた時にジムが私のところにきて、なんだかモジモジ・・・・・。
「モンキーは嫌いなんだけど、これってもしかして僕の?」と聞いたのです。
次のシャツがモンキー柄で、自分のシャツだったらどうしよう!って考えたようです。
「心配ない、これ、私のだから。 あ、あなた申年生まれだったわね、バッチリじゃない、あなたのシャツもこれで作ろうか?」って言っておきました。


これ、すっごく可愛いです、 今のお気に入り! 襟はまだ満足してないけど・・・・・。


で、4作目にジムのシャツを縫いました。 これは違うデザインの勿論、男性用。
で、ここで問題が。

ジムのウエストサイズが異常に大きいのです。 ウエストサイズに合わせると、着丈も肩幅ももの凄く大きくなってしまうのです。
かと言って、ウエストサイズを小さめに選んだら、このストレッチしない木綿では座った時にお腹のボタンが飛んでいってしまいそうだし・・・・・。
着心地が悪いと、絶対に着てもらえない。 そう思った私はウェストのサイズで型紙のサイズを選びました。 なんと3X。

恐れていたことが・・・・・。 巨大なのです。 出来上がりが。

やっぱりもう1つ小さいサイズ2Xにしておけば良かった。

とにかく出来上がってしまったので、これはたぶん、クローゼットの肥やしになる覚悟です。

ジムはあまりに肩のあたりが大きいので、お茶らけています。 「はいはい、どうせ気に入らないから着てくれないよね。 私のパジャマにするからいいです!」って私のクローゼットに入れようとすると・・・・・。

私が機嫌を損ねて怒り出すのを恐れたジムは・・・・・。
「いや、これは凄くいいシャツだと思うよ。 ただ僕は洋服に関して疎いからさ・・・・・。どう評価していいのか・・・・。」だそうです。

とにかくもう1つ小さいサイズで次は少しストレッチ素材が入ったもので作ってみようかと思います。

これ、身長が180センチ以上の男性が着たら凄くかっこいいはず!

母が次から次へと洋裁をし続けたあの気持ちが今少し理解出来ます。
だって、楽しいんだもん












2025年6月29日日曜日

ソーイングがしたい〜!

昨今ピアノの練習に集中して一日合計2〜3時間は練習しています。 
曲奏云々ではなく、タッチ問題が永遠に続いているのです。 そもそも今、股関節の手術をしようと思った主な理由といえば右の肩甲骨が思うように動かない。 これが演奏するときにとても重要で、右手だけ変に力が入ってしまうのです。 左手はリラックスしているのにです。 プラス右足でペダルを踏む時、重心が足の中心ではなく外側にずれてしまう問題、これらの問題全てが私の不自由な右股関節からきているのでは?と自分なりに分析したからなのです。 

手術後6週間が経過してピアノの練習を再開しています。 体の変化は? 右足のペダルの重心は外側にずれなくなりました。 してやったり。 これができるとハムストリング(太ももの裏側)に緊張ができて太ももの前側をリラックスする事ができます。 
丹田ではなくて背骨に意識を置いて背中から指が生えているかのように弾く! これがゴール。

まだ背中から指が生えている感覚までは到達していませんが、右肩の可動域が広がったような気がします。 

次回十月十日の発表会までに新しい演奏スタイルに到達できると嬉しいです。

で、ピアノの練習だけでは行き詰ってしまうので、ソーイングを再開したいと思い、色々お道具を買い揃えています。

そもそも2019年のクリスマスにジムがプレゼントしてくれたシンガーのミシン。 これ、優れ物。 眠らせておくのはもったいない。
ミシン用のデスクは去年サンタさんにお願いしていたのでミシン用のデスクはオッケー。 ですが作業用のテーブルがありません。
160センチくらいの幅のテーブルってない? とジムに聞くと、コンテナーから古〜〜イテーブル2つを出してきてくれました。 
え〜〜〜〜これ〜〜〜? っていう代物。 足が錆びてる・・・・・。 ヤスリをかけてペンキ塗ったら? とジム。
え〜〜〜〜・・・・。 創作意欲が一気に急降下する提案です。 物を大事にするジムは古くても全部取っておく主義なのです。
これらのテーブルをお断りする理由を考えました。
!!!閃いた!!! そもそも洋裁に使用する布は5フィート つまり150センチ以上の長さがあってそれをテーブルに置いて型紙から裁断するので、最低でも5フィートの長さが必要!

という事でジムも納得。 

これもオンラインでオーダーしました。 翌日、箱詰もなしでテーブルがそのままデリバリーされてきました。 使わない時は半分に折りたためて私でも簡単に持ち運びできる簡易テーブル。 50ドル。good choice でした。

その他、裁断用のハサミだとかルーラーだとか、細かい物を色々買い揃え、布、芯地はオンラインで。

昨今洋裁用の型紙もオンラインでPDFでダウンロードできます。 大きな紙がないので、レターサイズのプリントペーパーで何十枚もプリントして、それをテープで貼り付け、実物大の型紙を切り抜くという方法です。
まずは私のシャツを作りたいと思います。 

色々周り道したけど、やっぱり巡り巡って原点に戻るんだね。 ピアノと洋裁・・・・・。