2026年1月31日土曜日

失神、その後

 1月22日、ワンコと散歩中に突然気を失って地面に倒れてしまって以来、怖くて1人で外出していませんでした。地面に横たわるって、私の辞書にはないのです。 以前お姉さん夫婦とバックパッキングに行き、何十キロもの荷物を担いで歩き続け、休憩の時にお姉さんに「TOMO、さ、早く草の上に横たわって、体を休めるのよ!」 と言われましたが、断固、拒否した私です。 地面に横たわるくらいなら、立ったまま休憩した方がいいとさえ思います。 「なんで、横にならないの?」と不思議がられましたが、草の上だろうと地面だろうと、無理です。 虫がいる。 アリだって嫌なのに、ましてや草の上? 何がいるかわかったもんじゃない。 

そういう私が気を失って、目が醒めたら、地面の上に横たわっていたのですから驚きです。 何がどうしてこうなったの? そういう感じでした。

 その後、自分で計れる心電図と血圧計を使い毎日の体調をモニターしてました。 26日、27日に指先で測定する心電図計で『心房細動』です、っていうのが何回か出ました。 やっぱり心房細動が再発しているのかな? 

心房細動は自覚症状がある時とない時があり、ほとんどの場合は自覚がありません。 2019年に日本で手術をした時だって、倒れる程の症状が出たわけではありませんでした。あれ、ちょっといつもり息苦しい・・・・そんな程度でした。 

あれから7年が経過しているので心房細動が再発したとしても驚きません。 カテーテル手術をしても何十%かの人は再発するそうなので。 

ですがもしも心房細動が再発していたとしても、でも、でも、なんでいきなり気を失ったの? それが理解できません。 


あと数日で6日間の心電図モニターの結果が出るので再発しているかどうかはそこで判明すると思います。

心房細動を起こしていても、それ自体はそれ程怖いものではなくて、血栓ができてそれが心臓や脳に飛んでしまうこと、それが問題なのです。 心房細動で気を失ったという話はあまり聞いたことがありません。 不整脈の凄いやつが起きて、多分、脈がスキップするやつ。。。。それが強すぎて、脳に血流が行かなくなって、気を失った。 そうとしか考えられません。

ここ数日は心房細動が出ていないようだったので1週間ぶりに1人で運転して買い物に出ました。 無事でした。 

今日は土曜日です。 近所の人のBBQに誘われていて、夕方からご近所さんと過ごします。 去年、NYから引っ越してきたリタイアしたご夫婦、とてもいい人達で、仲良くなりました。 お気に入りのネーバーです。 彼らが声をかけてくれました。 

周りはトランプサポーターばかりでしたが、新しいネーバーは反トランプ派のようなので、ちょっと嬉しいです。

隣町のワトソンビルでもICEのデモ、やってました。 全米で広がっています。


2026年1月23日金曜日

こんなの初めてだ 突然気を失った!

 ガラパゴス旅行から戻った私達はすぐにクリスマスの準備にかかり、クリスマスはお姉さんの家で3泊を過ごしました。 あいにくのお天気で青空のカリフォルニアとは正反対の雨続きのクリスマスでした。

クリスマスが終わると、アメリカは一時、も抜けの殻状態がやってきます。 大晦日に花火がちょっと上がったかと思うと、新年おめでとう! というムードはあまり感じないまま、通常の生活に戻るのです。 私は1月2日からドクターアポが入ってましたし。

と、いうわけでアメリカの年明けって、なんだかあっけない。 クリスマスの飾りを片付けなきゃいけないな〜〜〜っていうムードだけが残って、お店は早々バレンタインモードに早変わり。 

1月22日、昨日はいつも通り午後の4時半をまわって、ロキを連れてお散歩に出ました。 4〜5分歩いたかな? 歩きながらジムと近所の犬の話をしてました。

と、突然あ・・・・と思った瞬間、多分空を見たと思う。 ひっくり返るような感じがしたと思う。

で、その後記憶がないのです。 

気づくと、地面に完全に横たわっていて、遠くからジムの声が・・・・can you breath?   そう、ほんと、映画の一場面みたいにぼんやりとジムが私を覗き込んでいる姿が見えてきて・・・・。

え? 私、なんで地面に寝てるの? 何が起こったの? 記憶がない。

体を起こしてからジムの手に引っ張られて立ち上がった私は、呆然と立ち尽くすのみ。 記憶がないのです。 確か、ご近所の犬の話をしていたような・・・・。

で、なんの前触れもなく、ただ空を見たらひっくり返る様な瞬間があったようなないような。 それが最後の記憶で、その後どうやって地面に寝転んだのか? さっぱりわからないのです。 ジムによると、私があっ・・・・と小さく言ったので地面にゲジゲジでも出てきたのかと思ったと言うのです。 だからジムは辺りの地面に私が嫌いそうな虫が出没したのだと思い、周辺をチェックしたと。

幸い、倒れる時に私はジムの手を掴んだそうで(記憶がない)バタンとは倒れなかったのです。 そこら辺全然覚えてない。

ジムが言うに多分10秒くらいじゃないかって、私が気を失っていたのは。

その後の私の状態はヨレヨレはしてましたが、いたって普通の状態で、目眩も吐き気もなかったのでお散歩を続けることにしたのです。 ただ精神的なショックの方が大きくて・・・・。 なんだったの? 今のは? と。

ウェブで検索したところ、去年 手術後に起こった気絶寸前😵、あの状況とは全然違うのです。 あの時は数秒間の前触れがあってクラクラして吐き気がして、冷や汗が出て、血の気が引いていく。 そう言う状態だった。 でも今回のは何の前触れもなく、突然意識が無くなった。 

2月2日に心臓内科のドクターのアポが入っています。 これは数週間前に行った6日間のホルター式心電図の結果を聞きにいくためのものです。

今日はロキちゃんの動物病院に行く予定なのですが、ジムに運転してもらおうと思います。 何が怖いかって、運転中にまた気を失ったら最後、悲惨な状況になることは間違い無しだから。

最悪はTIAっていう、脳梗塞の前触れってやつ、これでない事を祈るばかり。

しばらく車の運転は怖いな・・・・。2月2日にドクターに相談してきます。


2025年12月11日木曜日

GALAPAGOS Trip 下船した後  その3/3

 イザベラ2 での4泊5日の島めぐり、ほんと、このツアー会社(Metro Journey )を選んだのは大正解でした。 なぜってスケジュールがよく考慮されていた、お食事が素晴らしかった、キャビン(お部屋)が使いやすく、ジャグジーがあったり濡れた衣類を乾かす乾燥機までついていたからです。

スケジュールは、朝食の前からモーニングシュノーケリング、なんていう日もありました。 早起きしてシュノーケリングです。 朝食はバッフェで、その時にランチのオーダーをとってくれる仕組みでした。 メニューは前菜、メイン、デザートとあって数種類ずつある中から自分の好きなものをオーダーします。 ランチのときにディナーのメニューを見ながらオーダーする。 どれも大変おいしくて、アメリカのレストランより口に合うかも? なんて思ってしまうほどでした。

午後にはランチの後自由時間もありました。 この時にジャクジーで体を温めたり、お昼寝したり・・・・。 ありがたい時間でした。 この船にはBARがあったり、また優れもののコーヒーメーカーがあったりしました。 ストロングカプチーノっていうのがあって大きなマグカップに並々と出てくる美味しいコーヒーには何度もお世話になりました。 これ、いつでも使える!

夜には皆で集合して翌日の予定をビデオを見ながら確認しました。 海の中のプランクトンを顕微鏡にかけてそれをスクリーンに映し出したりも。 動いてる、プランクトンが! え〜〜〜最初のシュノーケリングで嫌ってほど海水を飲んじゃった私は、ちょっと嫌な気分に・・・・・。 海水をいっぱい飲んじゃったけど、胃液がプランクトンを殺しますよね、勿論!!!! と確認する私。 いっぱい飲み込んでるって、絶対。


そんな充実した4泊5日。 凄い船酔いもせず転んだり怪我したりもせず無事に下船する事ができました。 下船の前の夜、乗客が撮った写真を2枚ずつ提出して写真コンテストがありました。 そこでジムが撮ったイグワナの写真がwinnerに。

アワードウィニングフォトグラファー、ジム。 商品にマフラーを頂きました。

これがその写真です。ダイナミックが構図が良かったのかな! well done, darling





















イザベラ2号を下船した私達は空港へ。 ここでイアンファミリー4名はアメリカへ帰国しました。 長女が大学進学の願書を提出するという大事な時だったためです。  残った私達とお姉さん夫婦4名は引き続きSanta Cruz という島に3泊してガラパゴスの余韻に浸りました。 サンタクルーズ島は3歩歩けばツアー会社に出会う、というくらいツアー会社が多くお土産屋さんとレストランも軒を連ねていて飽きる事がありません。 このまちのタクシーは殆どがピックアップトラックで、レストランまで行ってもらっても2ドル。 アメリカドルをそのまま使えるので、とても便利でした。レンストランも想像していた以上にモダンな作り。 日本系のレストランも何軒かありました。

私達はまずツアーを探しに街に出ました。シュノーケリングができる島へのツアーを探したのです。 まず勧められたのが Santa Fe Island という島です。 シュノーケリングのお勧めポイントだと。 フムフム・・・・サンタクルーズのドックから小型船で1時間半ほど飛ばして島に到着すると。 ビーチはなし。 小型船から飛び込んでシュノーケリング、ランチは船の上で。 全て込みで1人110ドル。 これに決めました。申し込みを済ませてランチに向かう途中、私がブツブツ言ったのです。 「Santa Fe Island ってイザベラで既に行ったよね、最後の日に行ったよね。」 皆の反応なし。 ちょっと誰も私の話を聞いてくれない! と少し切れ気味に言葉を荒げた私。 4人ともみな耳が遠いからね。 その時、やっとブルース(お姉さんの旦那)が、は〜~〜〜!? といって振り向いたのです。 え? サンタフェアイランド、僕達すでに行ったの? 行ったよ。 スケジュール表に書いてあったもの。 

4泊5日の島めぐりで、なんという名前の島に行ったのかなんてみんな覚えてなかったのです。 でも最後の日にスケジュール表を見ていた私はSanta Fe って覚えやすい名前だったので、覚えていたのです。 証拠としてiPhoneの写真を開くと、位置情報にSant Fe って書いてある。 ここで全員がハットなった。 あの島がサンタフェだったんだ・・・・。 で、また明日サンタフェアイランドのツアーに申し込んじゃったんだね、僕達。 でもあの島はとても良かった。 一番シュノーケリングが楽しかったよね。 だからもう一度行っても良いんじゃない! こういう結論に達したのです。 

当日は8時頃にドックを出発した私達、イザベラよりも格段に小さいボートなので、物凄く揺れるね・・・・。 案の定、酔い止めを飲んでいたにも関わらず、私はだんだんと気分が・・・・。 座っていた場所がボートの中央部だったので後方に移動。 これで随分助かった。。 不思議な事にシュノーケリングをやったら気分が良くなり、乗っている間、ランチなんて絶対に食べれそうにない・・・・って思っていたにも関わらず、完食。 その後は気分が凄く良くなったのです。 そもそも船酔いはお腹いっぱいもダメだけど、空いているのもダメなんだそうで、パンとかライスとかを食べた方が良いのだそうです。 なるほどランチではチキンとライスを船上で調理してくれたのですがそれが美味しくて船酔いも吹っ飛びました。 

この時はジムが20ドルで水中カメラをレンタルしてくれたので、ジムはその撮影に大忙しだったようですが、そのおかげで素晴らしい動画が残りました。

こちらはiguanasが遠くから泳いでくる画像です。

https://share.icloud.com/photos/0b3JglLrWPoOMgJWttIgH88jA

魚の学校はこちら

https://share.icloud.com/photos/0f4qFEjerJDI_HnBMrf55ELOw

私がアシカと戯れている画像はこちら

https://share.icloud.com/photos/02eOKhdMbFAvPjddontrHOsNw

これらはiCloud に保存されているものなので、開くがどうか? ちょっと疑問なのですが。


翌日はもう1つ違う島のシュノーケリングに申し込みしました。 こちらはPinozon Island という島でマンタに会えるかもしれない・・・・という島。 シャークやアシカもいっぱいいると。 マンタに会いたい一心で申し込みました。 結果マンタには会えなかったのですが、人生66年の間でトップ5にも入るかと思える瞬間に出会えました。 Blacktip Shark です。

ガイドさんが島の周辺にはサメがいっぱいいますよ。 何十匹も見られるかもしれないよ、と。 冗談の好きなガイドさんだったので、「襲ってこないよね?」 という私の質問には「大丈夫、食いちぎるとしても体の一部分だから・・・。」なんて調子。 だから半分は冗談だと聞き流していましたが、このブラックチップシャークが突然、浅瀬に何十匹も現れたのです。 数えていませんでしたから何匹いたか分かりませんが、視界に入っただけでも1ダースはいました。 重なり合って浅瀬の底にじっとしている。 ハッと気づいた時には自分の体が鮫の1メートルもない距離で・・・・。 ガイドさんが言ってた事を思い出しながら、静かに静かに移動。 足をバタバタしたりして鮫を脅かさないようにって。 確かに。 蹴飛ばしそうな距離。 自分が動かなくても海流があるので体が流されてどんどん鮫に近づいてしまうのです。 いかんいかん、近すぎる! 動かなかった鮫が迷惑そうにこちらをジロッと睨んで移動し始めたのです。 ごめんなさいね、失礼しました・・・・・。 襲ってこないとはいえ、やっぱりあの眼が怖いんだ。 興奮と怖さ、でも怖い物見たさ! 複雑な気分。 ジムが動画をとっていてくれるものだと信じてました。この鮫1.6メートル程あるそうで、私と同じくらいの大きさでした。

期待していたジムの動画ですが、前日借りたカメラ、動画を私のiPadにコピーした後そのまま返却したのですが、ツアー会社の男性、チャージだけして前日のジムが撮った動画を消去していなかったのです。 Jimが自分の撮影した物を消去せずに返却したことに私は驚いたのですが、でもツアー会社の人も翌日使用するためにSIMカードの中が空であることを確かめなかったのも驚き。

ジムが鮫を撮影しようとした時にはSIMカードは既にフルになってしまっていて撮影できなかったのです。 残念の一言。

返却する際に昨日の動画が消されていなくて今日は撮影が半分しか出来なかったことを説明して半額は返金してもらいました。 

とにかく動画や写真には撮れませんでしたが私の記憶の中にあのグレーのベルベットのような面持ちの鮫が眼前に現れて枕木の様に何匹も何匹も並んでいた姿は生涯の思い出となりました。 すごかったわ〜〜〜〜。

マンタやマンボウもガラパゴス諸島で見られるそうなのです。 マンタもマンボウも見たことないです。 見たいです。 これ、この先のバケットリストに入りそうです。


サンタクルーズ島に3泊した私達はお土産屋さんを色々見たりしながら、楽しいひと時を過ごし、アトランタ経由のデルタエアラインでカリフォルニアに戻りました。 ロキを預けていた犬舎に速攻迎えに行くと、ロキは今まで聞いたことの無いような鳴き声でジムにまとわりつきました。 なんだかな・・・・。 長すぎだよお父しゃん、何日ほったらかしにしたんですか! と言っているように聞こえました。 そうです。私達のバケーションにはロキちゃんの献身がつきものなのです。 ありがとね、ロキちゃん。



2025年12月8日月曜日

GALAPAGOS TRIP ガラパゴス旅行 その2/3

私達が乗り込んだ船はIsabela 2 という名前の船で多分、40人くらいの乗客が乗船していたと思います。 

これは最初に紹介された船のクルーの写真。結構たくさんのクルーが私達をサポートしてくれました。 ドクターも乗船していましたし。 













お部屋の写真を撮り忘れましたが、シングルベッドが2つあるツインルームで、トイレシャワー付き。 収納スペースも十分あったし、金庫もついてるし、バスローブまであって、文句なし。それも1日に2回程お掃除の人がお部屋にきてベッドメークやらタオル交換をしてくれて、これもありがた〜〜いサービスでした。

20代の頃に友達と船でヨロン島へ向かった時の若き日の冒険をフっと思い出した私。 あの時もヒョンなことからスウィートルームにアップグレードしてもらったんでしたっけね。 確かあの部屋にはテレビもあった? 

お部屋は大満足でしたが、やはり船は船。 結構揺れました。 酔い止めをいくつか持ってきてましたし、船のカウンターにもいつでも飲めるように置いてありました。 2度ほど酔い止めのお世話になりました。

 イザベラ2号のスケジュールはSant Cruzという島からスタートして、ほか3つの島に立ち寄り、シュノーケリングや島探索が予定されていました。4泊の間に5回のシュノーケリングをしました。 島に上陸する際は小型のエンジン付きゴムボートで上陸、または島の近くから飛び込むかたちでした。 ウェットランディングです、と言われる時はゴムボートから上陸する時に足を濡らしながら上陸。 で、タオルで足を拭い、スニーカーに履き替えてからハイキング。 島によってイグアナがいっぱいいる島だったり、Sea Lion (アシカ)がいっぱい居る島だったり、鳥の楽園だったりと、それぞれオモモチが違い飽きることはありません。 

ただ最初のシュノーケリングの時、水着の上に半袖半ズボンのつなぎのウェットスーツを借りて臨んだ私でしたが、持参したシュノーケリングのマスクから海水が口の周りに入ってきて、嫌っていう程海水を飲んでしまいパニックに陥ってしまいました。 何度も隙間がないようにマスクを調節して臨んでも、また水が入ってくる。 周りの皆は楽しそうにシュノーケリングをしているというのに、私1人がパニック。 海水を飲んでしまうとものすご〜〜く塩辛いし、何度直しても水が漏れてくるので、体に力が入ってしまいパニック状態に・・・・・。

手をあげてボートにヘルプを合図。 直ぐに引き上げてもらいました。 は〜は〜息が切れて、前日の首都キトでの座っているのに心拍数が120を超えてしまった体験が頭をよぎるのです。 持参したシュノーケリングマスクが良くなったのでは? と反省。 この日の午後のシュノーケリングではボートで借りたマスクを使用してみることに。 

ですが、マスクを変えても又水漏れが発生。 これには参った。 気持ちが焦るし、息は切れてハーハーいって、ジムにしがみ付く状況に陥り、ジムがドクターストップを私に命じたのです。 「だめだ、これまでだ。 ボートに戻れ!」と。

マスクを変えても同じ状況が起こるので、私は絶望的になってボートから皆のシュノーケリングをしている姿を眺めてました。 タイランドでやったシュノーケリングがあまりにも楽しくて、今回もとても楽しみにしていたのに、なんでできない? なんでなんだ? 自問自答・・・・・。 歳のせい? 寒いし、息切れするし波は荒いし、絶望的。 

シュノーケリングが怖くなってきたのです。

もう諦めようか? 続けようか? 迷いました。 でも海中でマンタやらマンボウ? 出てくるかもしれないって思ったら、怖さを押してもう一度やってみよう、という気になったのです。 

翌日、3度目の挑戦。 周りの皆は私がキトで心拍数が激上がりしたのを知っていたので、体調のせいで私がすぐにボートに上がっていると思ったと思います。 心配してくれてましたから。 ですが、3回目、マスクを顔に当てる位置を少しだけ下にずらしてみたのです。 私的にはもう少し上につけたいっていう感覚があるのだけど、それだと水がはいってきちゃうので、少しずらしてみた。 そしたら、あら不思議、水が入って来なかった。 ほんの少しのマスクの位置が原因だったようです。 と、いうわけで3回目以降は時間たっぷり、海亀を追いかけたり、アシカと戯れたり、フグを追っかけたり、楽しいシュノーケリングができたのです。 ほんっと、安心しました。 この4泊5日の船旅、シュノーケリングができなかったら、つまらない船旅になってしまうところでした。 (シュノーケリングをしない人にはグラスボートで海中を覗くっていう選択肢もありましたけど)



























この子はファーシールズの赤ちゃんだね

2025年12月4日木曜日

GALAPAGOS TRIP ガラパゴス旅行 その1/3

 2025年11月、サンクスギビングでターキーを食べるアメリカ一大イベントの週にエクアドル、ガラパゴス諸島に行ってきました。

そもそも、ガラパゴスに親戚3家族で行くことになった経緯については私は全く関わっていなくて・・・・。 私が9月に日本に2週間滞在している間にジムとジムの家族が決めた事だったからです。 大抵のサンクスギビングはジムのお姉さんの家に皆で大集合してターキーを焼いてお祝いします。 ですが、今年は趣向を変えて皆で旅行をするのはどうか? とお姉さん夫婦が提案したそうです。 

エクアドルに決まったのも多分、お姉さん夫婦の提案だと思います。 お姉さんの長男イアンは大学卒業後、学友のエクアドル人を訪ねるためにエクアドルを旅行したそうです。 その際、貧乏旅行のバックパッカーでお金が底をついて2日間野宿する羽目になったり、ビザを申請して現地で英語教師として働く事になったり。 その際に得たお金でエクアドルの首都キトでカフェをオープンしたり。 と、冒険に満ちた日々を送ったそうなのです。 そんな話も今回、イアンと一緒に旅行することになって、初めて聞く事ができました。

今回の旅行のメインは4泊5日の船旅です。 エクアドルっていう国は赤道直下の国で、エクアドルっていう国名もスペイン語で赤道っていう意味なんだそうです。 まずはサンフランシスコからマイアミに飛んだ私達はそこからLATAM airline に乗り変えてエクアドルの首都QUITOに深夜12時過ぎに到着しました。 予約していたホテルは空港から45分もドライブする距離で、到着した時はもうクタクタ。 この国、ホテル代は凄く安いと聞いていました。 確かに1晩で50ドル代でしたので、安いです。 シャワーも浴びずにすぐにベットへ。

翌朝気づいたのは、トイレに貼ってある張り紙。 そこにはトイレットペーパーを流してはいけません、って書いてある。 え????? 流しちゃったけど。こういうのは以前アジア諸国で経験してました。 使ったトイレットペーパーは流さずに備え付けられたゴミ箱に投入するんです。 これに慣れるには随分時間がかかった。 で、エクアドル、この国もまた、これなの? とショックを受けた私。 先行きが思いやられました。 QUITOに2泊した後の船旅もまたトイレットペーパーを横のゴミ箱にすてるんだろうな・・・・と想像すると、気がめげるったら。

で、2泊した後、私達3家族は旅行会社のバスに乗って、ガラパゴス諸島へ向かうために飛行場へと向かいました。 その時です。 私の体調に異変が。 前日、丸一日自由時間があったので、私達はキトの観光をしました。 以前この街で暮らしていたイアンがツアーガイドになってくれて、オールドタウンを歩き、教会などを見学しました。 その際です、私1人がなぜだか息切れしていたのです。 「TOMO、今、下り坂なのに、なんでそんなにハーハーしてるの?」 と言われてしまうほど、私だけ息切れしてたのです。 私より9歳も年上のお姉さん夫婦にそう言われてしまい、あれ〜〜〜なんでだ? 確かにキトは標高が2800メートル。 空気が薄いのです。 だけど、高山病になる程ではないし、頭痛もない。 そんなドキドキした状態でベッドへ。 疲れているのに標高が高いせいで熟睡できないのです。 以前にもそういう経験をしたことがありました。翌朝そんな状況で飛行場へ向かった、その時、じっと座っているだけなのに、心拍数が120を超えてきた! いや〜な感じなのです。 ちょっと動くと、ハ〜ハ〜と息切れ。  大丈夫か、自分? 不安になる私。心配するジム。 処方箋でもらった不整脈の薬を持参してこなかった事、怒られました。

(そしてその薬の名前を覚えていなかった私、その後、すったもんだの末、薬の名前をウェブ上で探し出し、後日島の薬局で買う事ができたんですけどね!)

ガラパゴスの島々の中で、私達が到着したのはSanta Cruz と言う島のバルトラエアポートです。 そこからバスに乗って向かったのは象亀のパーク。 Giant Tortoise 100歳を超える大きな象亀達が私達を迎えてくれました。 正直言って、私、亀ってあまり好きではありません。 動物好きの私ですが、亀と鯉、蛇は苦手です。 

象亀パークを出発した私達はようやく、Isabela 2 という船に乗船しました。

Montereyで鯨ウォッチングをした船よりは大きかった。 でも想像以上に揺れました。 酔い止めの薬、日本で購入しておいてよかった! それにドライジンジャー450グラム入りを持参してきた私、ジンジャーはこの後、皆で重宝して大活躍しました。 船酔いしそうな時にジンジャーを食べると、胸がす〜っとして気分が良くなります。

エクアドルの首都QUITOの観光











キトから飛行機でSanta Cruz という島に到着

ジムとお姉さん と象亀

















やっぱり亀は苦手だ

















写真はLiveAboard.com より

この船がIsabela 2 です。何がよかったって、3度のお食事が最高でした。 かくお部屋にはトイレとシャワーがついていて、そのトイレ、トイレットペーパーを流してオッケーのトイレで、大喜びでした! ジャクジーもあって、乗客の間で大人気でした。 

2025年10月31日金曜日

伸びすぎた木(ユーカリプタス)の伐採

 我が家の敷地にはお隣さんとの境界線のところにユーカリの木が植えられています。 この木々はジムがこの家を購入した時にはすでに植えられていたそうで、現在30年以上が経過。 ユーカリの木達はスクスクと成長して、30メートルを超える大木になりました。

家を挟んで両側にユーカリが植わっているですが、何本か死んでしまったユーカリがあります。 その木が嵐などで倒れてしまった場合、我が家の屋根を直撃するやも知れず、心配の種でした。 

去年の4月にジムは重機をレンタルして、ユーカリの枝を伐採しようと試みたのですが、焼石に水。 クレーンで高くまで上がったとしてもユーカリの木は大木で、枝を少し落とすしかできなかったのです。 結局のところ、プロのツリーサービスを呼んでこのモンスターユーカリを伐採してもらうしかなかったのです。 

いつもロキを連れて散歩するルートにツリーサービスのトラックが停まっていて、どうやら我が家のネイバーにツリーサービスをやっている家族が住んでいる様で・・・ ジムは電話番号を控えて帰り、その会社に電話をしました。 翌日の朝8時。 見積もりに来てくれました。

なんと、ユーカリの木6本の伐採、見積額が24,000ドル。 1ドル100円の計算で言うと、240万円です。 OMG! 高額になるだろうとは予想していましたが、これにはびっくり。すぐに違う会社を探して見積もってもらいました。 2つ目の会社は10,000ドルだって。つまりは言い値って事らしいのです。

ジムはお得意の交渉術で9000ドルまで値段を値切った! さすがです。

ツリーサービスは早速チェーンソーやらチッパーやらを持って我が家にやってきました。

そもそもお隣さんとの境に伸びたユーカリですが、我が家の敷地内で切り倒す事ができません。 お隣の敷地に入らせてもらい、ワイヤーでできたフェンスを外してからのお仕事となりました。 幸い、お隣さんの家族は奥さんの出産を機に隣町に移り住んでいて、お隣は誰も住んでいません。 朝の8時から夕方までチェーンソーの轟音とチッパーの音が鳴り響いていたので誰も住んでいなくて幸いでした。

切り倒した大木は枝を切り落とし、チッパーに入る直径の枝、幹は全てチップに。 チップをトラックの荷台に飛ばしてそれを我が家の敷地に移動してから地面に。

チップだけでも相当な量です。 チッパーに入らない大きな幹はジムがせっせとトラクターでお隣さんから我が家の敷地内に運び、これらも山積みに。 暖炉の薪にできそうな物はカットして来年の冬用に乾燥させると言ってます。

どうにもこうにも大きすぎる幹は直径が140センチ程あり、トラクターを使わなくは動かす事もできません。 これ、どうすんの?

これら大木の丸太は別の業者さんを呼んで捨ててもらうしかないのだそうです。 もしくは敷地の隅っこに永遠に転がしておくか? 

業者を呼んで捨ててもらうにも何千ドルもかかるだろうってジムは言ってます。

大きな庭を持つと言う事はこういう事なんだなって・・・・実感しました。

今回は大きなユーカリ6本と小ぶりの木を数本だけカットしてもらったのですが、我が家にはまだまだ大木が茂っています。 丘を見下ろす西側にもこれまた巨木のユーカリがあって、その中の1本にはフクロウが巣を作っています。  その並びに死んでしまったユーカリがあるので、これも切り倒したいのですが・・・・。 こちらはたとえ倒れてしまったとしても家を直撃する心配はないので、ジムはそれ程心配していないようです。 これをカットしてしまったらフクロウも来なくなっちゃうしね。


今回は私の出る幕はゼロでしたので、家の中でピアノ弾いてました。 敷地内はユーカリの香が漂って、でも埃だらけです。



これは去年の4月にジムが枝を切り落とそうと試みたときの映像





切り倒した後のユーカリの根本。




こちらは暖炉の薪にできそうかな?






この機械は丸太を割るやつ




チップは我が家の敷地内に・・・

2025年10月28日火曜日

10月10日 プライベートレッスン& Pi-up (発表会)

 205年10月10日、紀尾井町サロンホールにて黒木先生のプライベートレッスンを受けました。 朝10時からです。午後からはみなさんと一緒に舞台に出てのpi-up。

2023年の暮れから先生のYouTubeを見たことをきっかけに、先生の指導法にすっかり心頭している私ですが、普段は有料講座を何度も見返す事で独学で練習しています。 カリフォルニアでピアノの先生を探す事も諦めました。そう言う私が一時帰国のタイミングでプライベートレッスンを受けられる事になったのですから、これはもう大喜び。

サロンホールに到着。 すでに前の人がレッスンを受けている様子。 

私の番がまわってきて、先生に挨拶。 初めてのレッスンなので、ちょっと緊張。 先生もちょっと照れ気味? 

45分の間に学んだ事、それはもっとしっかり弾いて良いんだって事。 先生流の言葉で言うと、「もっと攻撃的確に!」 だそうで。

今までいかにおっかなびっくり遠慮しがちに弾いていたのかが肌感覚でわかりました。 先生がお手本で弾いてくださるので、え? そんなに叩いて良いんですか? って思うほど、先生は力を抜きながら力を使って鍵盤を叩いているようでした。 「力を使わずに力を使うように!」 わかったようなわからないような表現ですが、スコーンと抜けてホールの後ろまで音が波のように共鳴していく感覚を体験しました。 それって言うのは、以前のように遠慮がちに鍵盤を叩くのとは全く別物。

容赦なく叩く。 だけど力は使ってない。 遠心力としなりで叩くので、どこも力んでない。 かつ、指先だけで弾くのではなく、身体全体、とくに肩周りの筋肉を使っている感覚。 これがちゃんと使えていると、今まで悩みの種だった手首の負担が消えていくのです。 肩周りで支えるので、手首が解放される。 そういう事らしいです。


とにかく今までの弾き方は何だったの? と思う程のギャップがありました。

もっともっと良い音を出せる可能性が見えました。 

一歩前進した気がします。


午後からのpi-up 午前中に学んだことがどれだけ反映できるのか? 自信はありませんでしたが、少しだけ良くなってたのかな?

弾き始めてから以前の様に舞い上がってしまって指が震える? という現象には陥らず、よし、いけそうだ! と思ったのです。 数小節だけ『あ〜〜気持ち良い!』 と言う瞬間もありました。 これって新しい感覚です。 舞台上で、気持ちよく弾けるなんて・・・・。 でも数秒だけでした。


でも4回目の舞台で、以前より落ち着いている自分があった事は確かです。 今回学んだ、身体全体を使って、とくに肩まわりを使って弾く方法を身につけたいです。

次回2026年3月のサントリーホールでのピーアップに向けて頑張ります。